戻る記憶は……
著者:高良あくあ


*悠真サイド*

「うっ……?」

 小さな呻き声と共に、目を覚ます。
 どうやら俺は横になっていたようで、目の前が天井であることからして屋外では無さそうだった。少しだけ体を起こしてみると、部屋は広くて家具は殆ど無いものの豪華。隣にはもう一つ俺が寝ているのと同じベッドがあるが、恐らく……というか間違い無く病院ではないだろう。病院のベッドはこんなに寝心地良くない。

 でも、だとしたらここはどこなんだ……?
 もう一度辺りを見回して、妙に見覚えのある気がするその光景に首を傾げる。
 そして、そんなことを冷静に考えている自分に気付き、苦笑する。

「……所詮、もう悠菜のことなんてその程度でしかないってことかよ、俺の中じゃ」

 とはいえ、そのせいでこうして倒れる程には深かったわけだが。

 そこで部屋の扉が開き、一人の少女が入ってくる。

「悠真君! 良かった、目が覚めたんですね……」

「紗綾?」

「急に倒れたので心配だったんです。大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」

 心底安心したというような表情を浮かべる紗綾。そこで俺は、あることに気付く。
 さっきから覚えていた違和感の、その正体……

「……そっか。ここ、紗綾の家か」

「え?」

「海里と部長は別の部屋か? 悪いけど紗綾、海里に伝言頼めるか? 部長に全部説明してくれって」

「悠真君? まさか、思い出して」

 訊ねてこようとする紗綾を、視線だけで抑える。

「……頼むからさ、紗綾。色々と、一人で整理したいんだ」

 それで伝わったのか……彼女は嘆息した。

「分かりました。それじゃ、部長さんに全部説明したらまた来ますね」

「ああ、そうしてくれ」


*紗綾サイド*

「そっか」

 海里君と部長さんの元に戻り、海里君に悠真君からの言葉を伝える。
 それを聞いて、彼は深く嘆息した。

 部長さんが訝しげな表情を浮かべる。

「どういうことなのよ、海里?」

「ちょっと待っていてください先輩、今説明しますから……で、紗綾ちゃん。間違い無さそう? 悠真が全部思い出したっていうのは」

「はい、全部かどうかは分かりませんけど……私のことは思い出したみたいなので」

「……そっか」

 再び嘆息し、部長さんの方を見る海里君。

「あら、やっと説明してもらえるのかしら? 見たところ高校に入ってから親しくなったわけじゃ無さそうじゃない、紗綾と海里」

「ええ、その通りですよ。今から説明します」

 もっとも……と、私は心の中で思う。
 部長さんに説明なんて、要らないのかも知れない。彼女は全部知っていて、あえて私達には訊かずにいてくれたのかもしれないと。

 恐らく海里君もそれは分かっているのだろうけど、それでも彼は口を開いた。

「全部話す前に、一人だけ説明しておくべき子がいます。……先輩は知っているのかもしれませんけど」


*悠真サイド*

 俺が倒れた理由、あの場所の正体、全てを説明する上で欠かすわけに行かない人物……


 泉悠菜(いずみ ゆうな)。


 俺と一文字違うだけの名前を持つその少女は、俺の双子の姉だった。
 性格は部長に近い。というかそっくりだ。人に迷惑かけまくりで、悪巧みばっかりして、そのくせ根はお人好しで優しくて、親しい人間は率先して困らせるくせに、困っている人を見たら放っておけない人間。

 そして、悠菜にはもう一つ、部長との共通点があった。
 彼女もまた、天才と呼ばれていたのだ。
 ただし部長と違うのは、部長が薬の調合とかの面でそう呼ばれるのに対し、悠菜は機械弄りの方でそう呼ばれていたことか。ロボットとか爆弾とか、そういうものを小学生なのにサクッと作ってしまうのだアイツは。才能が開花したのなんて、幼稚園入る前だぞ?

 姉弟仲は……まぁ、割と良い方だったのだろう。とりあえず険悪とは程遠かった。小学校時代は、よく四人で出かけたりしたし。


 ……四人。俺と悠菜、海里……そして、紗綾と。


*紗綾サイド*

「先輩の言った通り、森岡さん……紗綾ちゃんと僕達は、高校に入る前から知り合いです」

 ……私も説明するべきか迷ったけど、結局黙って海里君の説明を聞くことにした。
 私じゃきっと、感情的になってしまうだろう。私達の中で、一番冷静にこの話を出来るのは海里君だと思う。

「悠真や悠菜とは家が隣で親同士も仲が良いので、本当に小さい頃からの幼馴染なんですけどね。紗綾ちゃんだけは少し遅くて……小学校に入学してすぐですね、知り合ったのは」

「へぇ、それでも結構古い付き合いなのね」

 部長さんが軽く頷く。

「そうですね。中学のときは殆ど会いませんでしたけど、小学校じゃ六年間ずっと同じクラスでしたからね、僕達」

「腐れ縁って奴ね」

「はい。……まぁ、それも小学校のうちだけでしたけど」

 海里君が顔を曇らせる。
 だけどそれは一瞬だけで、すぐに彼は話を続ける。

「僕や悠真が紗綾ちゃんと知り合うきっかけを作ったのも悠菜です。……そこは紗綾ちゃんが話すべきかな」

「え? あ、はい。……小学校に入学してすぐのときの私は、今以上に人見知りが激しくて……一人でいたところに最初に声をかけてきてくれたのが、悠菜ちゃんだったんです」

 今でも覚えている。
 世間知らずで、自分から人に話しかけるのが怖くて、学校なんて来たくなかったと泣きそうで、ただ俯いて我慢していた。
 そこに、悠菜ちゃんは話しかけてきてくれた。
 彼女の性格に引っ張られるように、何とか私も他の子達と打ち解けることが出来て、悠菜ちゃんとはいつも一緒にいるようになって、もともと悠菜ちゃんと仲が良かった二人とも仲良くなって、

 そうして私は、今も続くこの想いの相手に出会ったのだから。

「で、何の偶然か六年間ずっと四人全員が同じクラスで、そうなるともう仲良くするなって方が無理だったので」

 海里君が私の後に続けて説明する。

「でも、紗綾って確か私と同じで中等部からよね、彩桜に来たの? ……そっか、そこで腐れ縁は途切れたわけね」

「そうですね……それだけじゃありませんけど」

 再び海里君の声のトーンが下がる。
 そう。それだけなら、途切れるのは三年間だけで済んだはずだったのだ。実際私と悠真君や海里君は、こうして高校で……彩桜学園で再会している。

 だけど、もうあの日々が戻ることは無い。



 ……悠菜ちゃんは、もういないのだから。



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